
自宅マンションのエレベーターには、小さなテレビ画面が設置されている。朝の混み合う時間帯、乗り合わせた住人たちと肩をすぼめ合いながら、1階に到着するまでじっとその画面を見つめるのが日課となっている。わずか数十秒の移動時間だが、それは外の世界とつながる貴重な接点でもあった。
以前までは、この画面にはニュース専門チャンネルの番組が24時間流れていた。最新の出来事や重要な見出しが次々と映し出され、慌ただしい朝のなかで世の中の動きを把握することができた。しかし3月初め、この日常の風景に突如として変化が訪れたのである。
画面の内容が、急に天気予報チャンネルへと切り替わってしまったのだ。不可解に思った私はビルの管理会社に理由を尋ねてみたが、担当者は「変更は一時的なものです」と繰り返すばかりであった。その歯切れの悪い回答からは、変更の真意を読み取ることはできなかった。
かつての画面には、イラン攻撃を巡る米市民の思いや、ロシアの大規模火災といった緊迫した国際情勢が流れていた。トランプ氏の発言や科学財団の独立性に関する懸念など、世界を揺るがすニュースが日常に溶け込んでいたのである。しかし今、それらの情報は消え去り、繰り返される予報だけが空間を支配している。
変わらぬ日常の風景の中で、遠くの地で起きている戦争や社会の変容は、以前よりも遠ざかってしまったように感じられる。ビルの管理会社が語る一時的な変更という言葉の裏で、私たちは知らず知らずのうちに現実から切り離されているのかもしれない。エレベーターを降りた先に広がる世界は、果たして画面が映し出すような平穏なものなのだろうか。
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